第1弾シリーズ作品
第1弾
第2弾
第3弾
第4弾
第5弾どれから遊ぶ?
- 先生の先生(安積艮斎)
- 松陰、海をわたる(吉田松陰)
- ネジ一本の夢(小栗上野介)
- みな、よろし。(広瀬淡窓)
- いのちを、つなぐ(緒方洪庵)
艮斎の塾で学んだ松陰と小栗の物語へ。そして淡窓の塾から、洪庵の適塾へ進んだ若者も。教え子たちの「その後」がつながっていきます。
- みな、よろし。(1782年生まれ)
- 先生の先生(1791年生まれ)
- いのちを、つなぐ(1810年生まれ)
- ネジ一本の夢(1827年生まれ)
- 松陰、海をわたる(1830年生まれ)
江戸の私塾の時代から、黒船と幕末の激動へ。時代の流れのままにたどれます。
- 黒船と冒険なら『松陰、海をわたる』
- 群馬と大河ドラマなら『ネジ一本の夢』
- 学校や教え方に興味があるなら『みな、よろし。』『先生の先生』
- 医学や病気との向きあい方なら『いのちを、つなぐ』
どの作品も1本で完結しています。約1時間で最後まで遊べます。
5人は、同じ時代を生きた
各作品をクリアして、タイトル画面右上の「★年表に記録」を押すと、ここに記録されます。
1853年、ペリーの黒船が浦賀に来航。そのとき艮斎は、アメリカの国書の翻訳にたずさわりました。淡窓はその3年後に亡くなり、大坂の洪庵は種痘とコレラに立ち向かい、艮斎の教え子だった松陰と小栗は、その後の激動のただなかを生きました。
5人をつなぐ線
5作すべてをクリアすると、ここに「5人をつなぐ線」がひらきます。
旗本・小栗家の屋敷の中にあった艮斎の塾「見山楼」。小栗忠順は、幼いころからそこで学びました。
1851年、江戸に出た吉田松陰は、艮斎の講義を聞きました。艮斎の門人帳にも、松陰の名が残っています。
1854年、松陰が下田で乗りこもうとして断られた黒船、ポーハタン号。6年後の1860年、小栗はそのポーハタン号に乗って、遣米使節としてアメリカへわたりました。
日田と江戸。東西で私塾をひらき、多くの門人を育てた二人。尚歯会で艮斎と交わった蘭学者・高野長英は、淡窓の咸宜園でも学んだとされます(入門簿に名はありません)。
周防の村田蔵六(のちの大村益次郎)は、淡窓の咸宜園で学んだあと、1846年に洪庵の適塾に入りました。二つの私塾をわたり歩いた若者です。
1860年、小栗がポーハタン号でアメリカへわたったとき、ともに太平洋をこえた咸臨丸には、適塾で塾長をつとめた福沢諭吉が乗っていました。
適塾で学んだ越前の橋本左内と、吉田松陰。二人はともに安政の大獄で、1859年の同じ月に江戸の伝馬町で命を落としました。
シリーズの約束
- 史実と創作を、分けて書く各作品に出典ページがあり、章ごとに「史実」「伝承」「創作」を表で分けています。はっきりしないことは「〜と考えられている」と書きます。
- ふりがな、全文にはじめに「ふりがな あり/なし」を選べます。小学生から読めます。
- 3つの遊び方じっくり(自分で考える)/かんたん(おすすめ表示つき)/おはなしだけ(バトルなし)。ゲームが苦手でも最後まで読めます。
- 遊んだあとに、10問テストお話をふりかえるテストつき。家族や教室で点数をくらべても楽しめます。
- 無料・登録なし・ブラウザだけアプリのインストールは不要。スマホでもPCでも、URLをひらけばすぐ遊べます。
- 人物の「なぜ」も描くその人がなぜそう動いたのかを、資料にもとづいて書いています。
- 5作が、つながるクリアするとタイトル画面に「★年表に記録」が出ます。このページの年表にクリアを記録でき、5作そろうと「5人をつなぐ線」がひらきます。
舞台をめぐる
学校・ご家庭の方へ
どの作品も無料で、登録も広告もありません。授業や家庭学習に、自由に使ってください。
- 歴史の授業の導入に。「おはなしだけ」モードなら、バトルなしで物語だけを短い時間で読めます。
- 修学旅行や現地見学の予習に。萩・下田・横須賀・高崎・日田・郡山・大阪・岡山の史跡が登場します。
- 「教える」「伝える」を考える題材に。『先生の先生』の講義の場面では、悩みのちがう相手に合う言葉を選びます。
- 保健や医学の歴史を考える題材に。『いのちを、つなぐ』では、天然痘の予防(種痘)が人から人へ広まっていった様子をミニゲームで体験できます。
- 調べ学習の入口に。各作品の出典ページから、もとの資料へたどれます。